『夜のカフェテラス』も、オランダのヴィンセント・ヴァン・ゴッホの作品 。

今、東京 上野の森美術館で 8月12日まで大ゴッホ展をやっている。

ここに行けば、今なら 本物の 夜のカフェテラス を見ることができる。

この絵は 夜の風景を描いているにもかかわらず、「黒色」をいっさい使っていない。

夜空は美しい濃紺や青で描かれ、そこに輝く星は黄色や白で表現されている。

天文学者が南フランスの緯度や経度と、過去の星空の配置をコンピューターで照合したところ、 星の位置から描かれた日が 1888年9月16日、または17日の夜11時頃という結果が出ていて、描かれた時期と一致しているらしく、ゴッホの性格までも感じる作品なのです。

カフェのテラスを照らす温かみのある「黄色」と、夜空や街並みの「青色」という、お互いを引き立て合う反対の補色が組み合わされている。

このコントラストが、夜の街の賑やかさと幻想的な雰囲気を際立たせている。
 

『ひまわり』と同じように、この絵でもゴッホの特別な色である「黄色」がカフェの明かりにたっぷりと使われており、見る人の心をじんわりと温めてくれる。 

また、奥行きのすべてのラインを画面上の1点に収束させる構図で、奥行き感と視線を画面の中心に釘付けにする強い誘導効果がある。

そのためか、この絵の謎として言われていることがある。

その収束する点には白い服を着た人が立っており、これはイエス・キリストではないかと。

そして、その周りを取り囲む客の数を数えると、ちょうど12人。1人だけが他のみんなと離れて入り口の暗い影となり、今にも店を出ていこうとするかのように描かれている。

これが、キリストを裏切った弟子「ユダ」を表していると・・・

さらに、白い服の給仕のすぐ後ろにある窓の窓枠に注目。

 他の窓枠はシンプルな格子状なのに、給仕の真後ろにある窓枠だけが、はっきりと「十字架」の形をしている。まるでキリストの背後に十字架があるかのように配置されている。
 

これは、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』をオマージュしたのではないかという説がある。



さて、その時空を超えた画家のつながりを感じるレオナルド・ダ・ヴィンチの最高傑作である 『最後の晩餐』

すごいのは、大塚国際美術館ならではの、修復前と修復後の「2つの姿」を見比べられるということ。

これは、修復前

戦争やカビなどによって ボロボロになってしまった後、多くの人の手で修復が行われ、本来のダ・ヴィンチの筆跡が分からなくなっていた。 

1977年から20年をかけて「後から描き足された絵の具をすべて剥ぎ取り、ダ・ヴィンチが描いたオリジナルの絵の具だけを残す」という、世紀の大修復が行われた。

これは、修復後

修復前は何百年もの間に他の画家が塗り重ねたことで、まるで泥を塗ったような、重苦しい茶色や黒の色合いに対し、修復後は、ダ・ヴィンチ本来の、淡く繊細な光と影の表現になっているとか。

面白いのは、修復後のユダの手には裏切りの証拠となる 手に握られたお札がはっきりと描かれていること。



「この中に、わたしを裏切る者が一人いる」  イエス・キリストが放った衝撃の一言。

この言葉を聞いた瞬間、12人の弟子たちが、

「えっ、まさか!?」

「誰なんだ!?」

と激しく動揺し、驚き、怒り、悲しむ「一瞬のドラマ」を、ダ・ヴィンチは映画のワンシーンのように切り取っている。


それぞれの表情や身振り手振りに、生々しい感情がリアルに表現されているのが分かる。 



これも、ゴッホの『夜のカフェテラス』と同じように、一点透視図法で、部屋の天井や壁のラインをずーっと辿っていくと、すべてがイエスの頭の1点で交わる。




そして 絵の謎の定番はこれ、モナ・リザ


背景の「左右非対称」の謎 

向かって左側の地平線と、右側の地平線の高さが全く合っていない。

左の方が低く、右の方が高く描かれている。

これは、人間の視線が左から右へ動く性質を利用し、視線を動かしたときに絵の中に「動き」や「奥行き」を感じさせるための、高度な視覚トリックだと言われている。


そして、どこから見ても、こっちを見ている?
あえて斜め下から写真を撮ってみたけど、やっぱり、こっちを見ている・・・

 モナ・リザの前に立ったら、ぜひ少し離れたり、近づいたり、左右に動いたりしてみてください。

瞳が、まるで生きているようにこっちを追いかけてくるような不思議な感覚を味わえますよ!