☆2022年12月12日オープン☆ドッグサロン&ペットホテル アシル                 名古屋市千種区天満通の Dogsalon asiRu は、小型犬、中型犬専門のトリミングサロンです。                    お客様やワンちゃんに寄り添ったカウンセリングやトリミングを目指し、親切・丁寧・安心をモットーに、飼い主様とのコミュニケーションを大切にしていきます。                ストレスのない「フリーラン」スタイルのペットサロンです。他のワンちゃんが苦手な子には、サイズを自由に変更できるお部屋もご用意しております。                        ボーダーコリーのアシル君のイラストが目印です。

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ブログ『股のぞき』

Dogsalon asiRu 2026年08月2日 


元伊勢籠神社で参拝し、展望台へケーブルカーで登り、股のぞき發祥之地、傘松公園へ。

名物の「股のぞき」に挑戦!


天地がひっくり返り、龍が天へ舞い上がっていくかのような・・・

う~ん・・・

これは、足がフレームになって、絵のような不思議な景色になるんだろうと推測してみるも、急な階段を昇ってきたせいで、あたまに血が上って血圧が上がりそう。

意識が天へ舞い上がって行かないように休憩しながら、ゆったりと流れる時間にじんわりというより、ボーっと癒されてきました。 

帰りはリフトで、下りの景色は最高です。



続いて車をさらに北へ走らせ、「伊根(いね)の舟屋」へ!

一階が船のガレージ、二階が居室という独特な造りの建物が、穏やかな伊根湾を囲むようにズラリと並んでいます。

まるで海の上に家が浮かんでいるかのような景色は、日本じゃないかのような不思議。

昔の船は木造船なので、船のガレージでは海水から上げて保管するために斜めになってるんですね。

船が天井からぶら下がってるところもありました。

ここは、いろんなロケ地になってるみたいです。


そして、ここでのお土産は、「伊根満開(いねまんかい)」

伊根町にある老舗酒蔵「向井酒造」が造る個性的で人気のある日本酒です。

古代米(紫黒米・赤米)を原料として使用しているため、お米の皮に含まれる天然のポリフェノール(アントシアニン)によって美しい赤色に染まっています。 

甘みとフルーティーさが際立ったロゼワインのようなみずみずしさがあり、アルコール度 14度前後と、少し低めで飲みやすいのも特徴です。 


帰りは、ノスタルジックな港町・舞鶴へと寄り道。 重厚な佇まいの「舞鶴赤れんが博物館」です。

明治時代に建てられた本物の赤れんが倉庫を利用した施設で、世界各国のれんがの歴史や、軍港として歩んできた舞鶴の歴史を学ぶことができます。

一歩中に入ると、どこか異国情緒が漂うレトロな空間が広がっていて、まるでタイムスリップしたかのようなワクワク感があります。

赤れんがの建物をバックに写真を撮るだけでも映える、歴史ロマンあふれる素敵なスポットです。

「古代米のお酒」とかけまして、「赤レンガ博物館」と解きます。

その心は……

どちらも「あか(赤米/赤れんが)のおかげで、味わい深くなります」!

むかし(昔の米/昔の建物)の良さを味わいながら、美味しいお酒と岩ガキで乾杯。

あぁーっ、最高の美味さに完敗・・・

ブログ『ウミネコの襲撃』

Dogsalon asiRu 2026年07月31日 


今回のドライブ旅は、京都の北部エリア、海の京都。


天橋立から、伊根の舟屋、舞鶴赤れんがへ、ノスタルジックな美景を楽しんできました。

白い砂浜と青々とした松並木の中をのんびりと、心地よい潮風に吹かれて貝殻を探しながら、朝のお散歩。



智恩寺では、大きな山門や美しい二重の塔を見て、ワンコのおみくじを楽しみながら、旅の安全を祈願。

ワンコおみくじ、ワンコのこけしの下におみくじが入っています。
おみくじは普通に印刷された紙でした。

上野天満宮の天神みくじの天神くんみたいな感じですね。


三人寄れば文殊の知恵の文珠はこのお寺だとか。

まあ、文殊が何なのかも知らなかったわけですが、知恵をつかさどる仏様である「文殊菩薩(もんじゅぼさつ)」 だということを、ここで知りました。

 ここでは、扇子のかわいいおみくじが人気みたいです。
こちらは扇子に書かれていて、センスがありますね。


次は、智恩寺の横から観光船に乗って、飛び交うウミネコたちと触れ合ったり(襲われたり)しながら、傘松公園に向かいます。

観光船では、ウミネコへのエサやりが楽しめます。



ウミネコがかっぱえびせんに目掛けて何羽も突っ込んでくるんだけど、怖かった・・

えびせんのえび戦状態です。

ブログ『分身の術』

Dogsalon asiRu 2026年07月9日 


ボーダーコリーが2匹に増えた?

事件は「ちょっと毛並みを整えよう」から始まった。

事の発端は、愛犬のブラッシング。 

「最近ちょっとモコモコしてきたし、冬毛も抜ける時期だからスッキリさせてあげるか〜」

なんて軽い気持ちでブラシを握った私。

ボーダーコリーの毛量を侮ってはいけませんでした・・・

ブラシを動かすたびに、

「え?どこにそんな隠し持ってたの?」

というレベルで、溢れ出るわ、湧き出るわ、冬毛のオンパレード。

アシル君は、 自分の分身を前にして、

「えっ、誰コイツ・・・?」 

「お友達なのかな・・・?」

という、なんとも言えない絶妙なリアクションを見せてくれました(笑)。 

ブログ『鳴門の渦潮』

Dogsalon asiRu 2026年06月8日 


「鳴門の渦潮(うずしお)」を観てきました!

本物の迫力は想像をはるかに超えてる。

 渦潮を「すぐ間近」と「真上」で大満喫してきました。


まずは、大塚国際美術館から歩いて10分ほどの、うずしお汽船に乗って、海面スレスレ!大迫力の渦潮をすぐ間近で体感します。


船が渦の発生ポイントに近づくにつれて、海面が生き物のように激しく波立ち始めます。 そして、目の前に現れたのは……轟音を立てて激しく渦巻く大きなうずしお!

船の上からだと、本当に「すぐ目の前」で渦がグングン巻いているのが見えて、ものすごい臨場感です。
潮風を浴びながら、渦潮エネルギーを全身で体感することができました。

船が渦の近くを通るたびに、思わず「おぉー!」と声が出てしまうほど大興奮でした! 

船を降りた後は、大鳴門橋の車道の下につくられた遊歩道「うずの道」へと向かいます。 さっきは海の上から見上げていた巨大な橋の中を歩いて進みます。

ここの見どころは、なんといっても床の一部が「ガラス張り」になっている場所!

海上45メートルの高さから、さっきまでいた荒れ狂う海を真上から見下ろすのは、なかなかのスリル……!

さっきまで乗ってた 観潮船が、潮の流れでなかなか進んでいかない。
この日の潮流は、9.7ノット(18km/h)だそうです。
自転車ぐらいだね。




小さな船は、渦潮のすぐ横まで行って迫力があるけど、大きな船は渦潮のそばまで行かない。

橋の上から見る渦潮は、まるで巨大な洗濯機か、自然が描いた美しい絵画のようで、船の上からとはまた全く違う感動がありました。


この「うずの道」、実は新幹線が通る道だったんだよね。 

頑丈な鉄骨の広い空間、ここには新幹線のレールが2本、並んで敷かれるはずでした。 


昭和のバブルが弾けて、予算を削るために この後から造られた 明石海峡大橋は、車専用の橋に計画が変更されてしまったのです。

「四国新幹線」の計画は凍結、昭和の遺構「幻の鉄路」 に・・・

でもなあ、所々にサビの浮き出た鉄骨、この橋をこれからも メンテナンスしていくのも大変じゃないかな。

バブル崩壊後、建設費の借金が膨れ上がり、通行料金が高すぎて車が通ってくれない なんて言われ、3兆5,000億円もの借金を、税金で穴埋めしたらしい。

なんかなぁ・・・ 税金 また上がるのかなって思っちゃいますよね。

ブログ『教科書で見た絵』

Dogsalon asiRu 2026年06月6日 


ヨハネス・フェルメールの最高傑作である『真珠の耳飾りの少女』 

頭に巻いているターバンの「フェルメール・ブルー」といわれる鮮やかさが、絵全体に気品と神秘的な美しさを与えている。 この絵を見つけた時の、2人きりで目が合っているかのようなドキリとする瞬間、ゾクッとするほどの生々しさは、 モナ・リザとは違った魅力ですよね。

でも、何か違和感を感じる。

眉毛がない?

この絵は誰かわかっていないらしい。
これが誰かの肖像画だったら、きっと眉毛もきっちりと描いたよね。

ということは、想像上の人物?つまり誰かに似せているわけではない?

今なら、アニメの技法なのかな・・・


マネの代表作である『笛を吹く少年』 


少年が立っている場所に、床と壁の境目(境界線)がどこにも描かれていない。
これは、日本の浮世絵に着想を得ていて、少年がまるで現実の空間にぽつんと浮き出ているかのような、
独特の立体感と強い存在感を表現している。

当時のフランスのアカデミー(画壇)では、 トランプのカードのようだって言われたらしい。

今なら、ポスターみたいな絵だよね、って感じかな。




ドラクロワの最高傑作『民衆を導く自由の女神』


フランス革命の熱気とエネルギーをそのまま閉じ込めた、ロマン主義絵画の記念碑的な作品。

「今まさに戦いの真っただ中にある」という臨場感と緊迫感が、魂を揺さぶり、未来へ向かって進んでいるような、震えるほどの高揚感を味わえますよね。

時代を変えようとした人間の情熱を感じます。

教科書では「かっこいい革命の絵」なのに、実寸大の絵の前に立つと、真っ先に目に飛び込んでくるのは下半分に転がっている生々しい遺体や、泥にまみれた血の跡 。

毎日いろんなニュースがあって、トランプやプーチンの戦争の現実に、「お前は人生を命がけで生きてるのか?」と、絵の中から問い詰められているような気持ちになる。 



生と死の境界線を描いたミレイの『オフィーリア』 

シェイクスピアの有名な悲劇『ハムレット』の一場面。

恋人であるハムレットに父親を殺され、狂気の世界に彷徨うオフィーリアが、川に落ちてそのまま歌を口ずさみながら溺れていくという、最も哀しくドラマチックな「死の瞬間」が描かれている。 

どこか苦しみから解放されたような安らかな美しさが、「死」という恐ろしいテーマを、ロマンティシズムへと昇華させた描写こそが最大の魅力。

 まるですべてを受け入れたかのように両手を広げている。 

手に持つ花には、花言葉により隠されたメッセージがある と言われている。 

首飾りのような「スミレ」: 貞節、誠実、または「若者の死」 

右手に浮かぶ「ケシの花」: 睡眠、そして「死」 

流れる水に浮かぶ「白バラ」: 少女の純潔や美しさ 

画面左の「ワスレナグサ」: 「私を忘れないで」という哀しい願い 

写真では伝わらないけど、顔の表情や水の透明感、繊細でリアルな実際の絵を見ていると なぜか涙が出てくる。



ムンクの不気味な色彩『叫び』 

実は「叫んでいない」 

叫んでいるのではなく、大自然から聞こえてくる恐ろしい幻聴に耐えかねて、恐怖のあまり両耳を全力で塞いでいる姿なのだとか。

孤独や恐怖という目に見えない感情を、生々しく、誰もが共感できる形に具現化した表現力が、この絵の魅力らしい。 

一度見たら夢に出てきそうな色彩で、心理的なストレスを感じるせいか、あまり、好きになれない。


 

ルノワールの最高傑作の一つである『セーヌ川の舟遊び』

ルノワールは黒い絵の具をほとんど使わず、影の部分にも青や紫、緑を混ぜ込むことで、画面全体が重たくならず、明るく透明感のある色彩が魅力。


モネの『日傘をさす女』の色彩と似ていて、まるで続きを見ているような、水面を吹く爽やかな風を感じる。

ルノワールとモネは親友だったと言われていて、同じ光を見て描いたのに、のちに「風景のモネ」「人物のルノワール」と呼ばれるようになる。

お互いに影響を与え合いながら、切磋琢磨する最高の関係っだたんだね。


中学校の美術の教科書でもおなじみの、世界で最も有名でインパクトのある名画たち。

知っているはずの絵なのに、それをじっと見たとき、心が動く。

名画は知識だけで見るものじゃなくて、自分の心の中にある記憶や感情となにかの答え合わせをしているのかもしれない。


さて、この後は、鳴門の渦潮で船遊びをしてきま~す 。

ブログ『絵の謎』

Dogsalon asiRu 2026年06月4日 


『夜のカフェテラス』も、オランダのヴィンセント・ヴァン・ゴッホの作品 。

今、東京 上野の森美術館で 8月12日まで大ゴッホ展をやっている。

ここに行けば、今なら 本物の 夜のカフェテラス を見ることができる。

この絵は 夜の風景を描いているにもかかわらず、「黒色」をいっさい使っていない。

夜空は美しい濃紺や青で描かれ、そこに輝く星は黄色や白で表現されている。

天文学者が南フランスの緯度や経度と、過去の星空の配置をコンピューターで照合したところ、 星の位置から描かれた日が 1888年9月16日、または17日の夜11時頃という結果が出ていて、描かれた時期と一致しているらしく、ゴッホの性格までも感じる作品なのです。

カフェのテラスを照らす温かみのある「黄色」と、夜空や街並みの「青色」という、お互いを引き立て合う反対の補色が組み合わされている。

このコントラストが、夜の街の賑やかさと幻想的な雰囲気を際立たせている。

アシルのお店の黄色、夜のお店が灯りで浮かぶイメージにしたかったのは、この絵を意識していたのかもしれません。
 

『ひまわり』と同じように、この絵でもゴッホの特別な色である「黄色」がカフェの明かりにたっぷりと使われており、見る人の心をじんわりと温めてくれる。 

また、奥行きのすべてのラインを画面上の1点に収束させる構図で、奥行き感と視線を画面の中心に釘付けにする強い誘導効果がある。

そのためか、この絵の謎として言われていることがある。

その収束する点には白い服を着た人が立っており、これはイエス・キリストではないかと。

そして、その周りを取り囲む客の数を数えると、ちょうど12人。1人だけが他のみんなと離れて入り口の暗い影となり、今にも店を出ていこうとするかのように描かれている。

これが、キリストを裏切った弟子「ユダ」を表していると・・・

さらに、白い服の給仕のすぐ後ろにある窓の窓枠に注目。

 他の窓枠はシンプルな格子状なのに、給仕の真後ろにある窓枠だけが、はっきりと「十字架」の形をしている。まるでキリストの背後に十字架があるかのように配置されている。
 

これは、レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』をオマージュしたのではないかという説がある。



さて、その時空を超えた画家のつながりを感じるレオナルド・ダ・ヴィンチの最高傑作である 『最後の晩餐』

すごいのは、大塚国際美術館ならではの、修復前と修復後の「2つの姿」を見比べられるということ。

これは、修復前

戦争やカビなどによって ボロボロになってしまった後、多くの人の手で修復が行われ、本来のダ・ヴィンチの筆跡が分からなくなっていた。 

1977年から20年をかけて「後から描き足された絵の具をすべて剥ぎ取り、ダ・ヴィンチが描いたオリジナルの絵の具だけを残す」という、世紀の大修復が行われた。

これは、修復後

修復前は何百年もの間に他の画家が塗り重ねたことで、まるで泥を塗ったような、重苦しい茶色や黒の色合いに対し、修復後は、ダ・ヴィンチ本来の、淡く繊細な光と影の表現になっているとか。

面白いのは、修復後のユダの手には裏切りの証拠となる 手に握られたお札がはっきりと描かれていること。



「この中に、わたしを裏切る者が一人いる」  イエス・キリストが放った衝撃の一言。

この言葉を聞いた瞬間、12人の弟子たちが、

「えっ、まさか!?」

「誰なんだ!?」

と激しく動揺し、驚き、怒り、悲しむ「一瞬のドラマ」を、ダ・ヴィンチは映画のワンシーンのように切り取っている。


それぞれの表情や身振り手振りに、生々しい感情がリアルに表現されているのが分かる。 



これも、ゴッホの『夜のカフェテラス』と同じように、一点透視図法で、部屋の天井や壁のラインをずーっと辿っていくと、すべてがイエスの頭の1点で交わる。




そして 絵の謎の定番はこれ、モナ・リザ


背景の「左右非対称」の謎 

向かって左側の地平線と、右側の地平線の高さが全く合っていない。

左の方が低く、右の方が高く描かれている。

これは、人間の視線が左から右へ動く性質を利用し、視線を動かしたときに絵の中に「動き」や「奥行き」を感じさせるための、高度な視覚トリックだと言われている。


そして、どこから見ても、こっちを見ている?
あえて斜め下から写真を撮ってみたけど、やっぱり、こっちを見ている・・・

 モナ・リザの前に立ったら、ぜひ少し離れたり、近づいたり、左右に動いたりしてみてください。

瞳が、まるで生きているようにこっちを追いかけてくるような不思議な感覚を味わえますよ! 

ブログ『大塚国際美術館』

Dogsalon asiRu 2026年06月2日 


ここは、世界25ヶ国・190余りの美術館が所蔵する名画を、陶板で原寸大に再現した、とんでもないスケールの美術館。 

長いエスカレーターを上がって一歩足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくる「システィーナ・ホール」の美しさに息を呑む。 


「モナ・リザ」も「最後の晩餐」も「ゴッホのひまわり」も、すべてが原寸大。 本物の美術館ではありえない「作品に触れてもOK」という驚きの美術館で、世界中の名画を至近距離で、その筆遣いや色彩をじっくりと浴びるように鑑賞してきました。

 モネは生涯を通じて「移り変わる光の表情」を追い続けた画家と言われている。



『大睡蓮』も好きだけど、特に好きなのは『日傘をさす女』

頬をなでる「風」と「光」が伝わる臨場感

絵を見ているだけなのに、「今、そこに心地いい風が吹き抜けた瞬間」の空気感がそのまま伝わってくる。


丘の下から、青空を背にして見上げるような構図、この視点が、ただの散歩の風景をドラマチックに、まるで光の女神のように神聖で、まばゆい存在として浮かび上がらせている。

モネは生涯で『日傘をさす女』を3枚描いてて、この3枚の背景にある物語を知ると、絵の魅力がさらに深まります。 

最初の一枚は、妻カミーユ と 息子ジャン が描かれ、幸せに満ちた日常の温もりが溢れています。 

最愛の妻カミーユが若くして亡くなった11年後、 描かれた2作の女性には「顔(瞳)」がはっきりと描かれていない。

この2作のモデルは、後妻の連れ子シュザンヌと言われているのですが、もう二度と会えない、亡き妻カミーユの幻影をそこに重ね、追慕していたからだとも言われている。

この絵の前に立ったとき、綺麗なだけでなく、どこか胸がキュッとなる愛おしさをも感じるのは、愛する人と過ごした二度と戻らない時間を永遠に閉じ込めているから なのかもしれない。


次に好きなのは『ひまわり』で有名なゴッホ。「花瓶に生けられたひまわり」は全部で7点あるらしく、これがすべて見られる。


これが、日本の東京・新宿にあるSOMPO美術館に所蔵されているという『ひまわり』

日本中がバブル景気の時、落札額53億円の輝き!

ゴッホ本人ではなく、弟のテオ(あるいは他の誰か)が描いたのではないか? という贋作疑惑。

そして、X線や絵の具の成分分析、筆のタッチ、ゴッホが描いた別の作品とまったく同じロールから切り出されたキャンバスであること  など 科学が明かした「ゴッホの真作」 という真実。

 世界を揺るがす大論争があったというミステリアスな深みさえも、この絵の魅力のように感じられます。 

 背景の黄色に少し温かみのあるオレンジや黄緑がブレンドされており、ひまわり自体の輪郭線も優しく描かれているため、全体的に落ち着いた、どこか日本的な情緒を感じさせる美しさがあります。 


次は、『夜のカフェテラス』

これも、オランダのヴィンセント・ヴァン・ゴッホの作品 。


でも、ブログが長くなっちゃうので、続きはまたね。

モネの『大睡蓮』のすぐ近くにある「カフェ・ド・ジヴェルニー」でちょっと休憩。

ブログ『淡路島』

Dogsalon asiRu 2026年05月31日 


淡路島に行ってきましたよ。 

淡路島から鳴門へと駆け抜ける初夏の爽やかなドライブ旅です。

明石海峡大橋を渡って、 最初の目的地「あわじ花さじき」のカラフルな花畑で、まずはドライブで疲れた目を休めます。

眼下に広がる青い海、遮るもののない広い空、そして足元を埋め尽くす色鮮やかな ポピーやキンギョソウ の花畑、 海と空とモネフィラの花が青一体になる「大パノラマ」に感動です。

新鮮なあわじミルクのソフトクリームも楽しみました。


淡路島の西側を走り、「五色浜」のどこかノスタルジックな海岸線を眺めながら、久しぶりにのんびりまったり。

慶野松原は夕日百選に選ばれた砂浜の続く海岸。夕日の時間ではないけど、 きれいな海で、遠くに 小豆島 がうっすらと見えます。


淡路島って、本当に玉ねぎ推しなんだね。鳴門岬のうずまちテラスに、玉ねぎのオブジェ もありましたよ。

橋の向こうに見えるのは四国。


大鳴門橋を渡って、いよいよ 大塚国際美術館の感動の絵画と、鳴門の渦潮の迫力を楽しみに、徳島県へ突入! 

ブログ『花桃ユートピア』

Dogsalon asiRu 2026年04月21日 


先日の吉野山の桜に続き、またしても春の美しさに圧倒されてきました。

今回は、長野県阿智村にある「花桃(はなもも)の里」


一歩足を踏み入れると、そこはまるで桃源郷。 


桜のような儚さとはまた違う、力強く、そして温かい色彩とコントラストに心がじんわりと癒されます。


川のせせらぎを聞きながら、頭上を覆い尽くす鮮やかな花桃。



その後、車を走らせて岐阜県の「馬籠宿」へ。

 石畳の坂道に沿って立ち並ぶ古い家並みは、歩いているだけで江戸時代にタイムスリップしたような心地にさせてくれます。



そして、展望台に立ち、恵那山を望みながら目にしたのは、この地が生んだ文豪・島崎藤村の言葉。

「心をおこそうと思えば、まず身をおこせ」



 何か新しいことを始めようとする時、あるいは沈んだ気持ちを立て直そうとする時、つい「心」でどうにかしようと考えちゃう。

でも、藤村は、まず「身体」を動かそうって言ってる。


動きながら考えようって、動けば何かが始まるって、動かなければ何も起こらないって言ってる気がする。

自分の足で坂道を登る。そして、 風を感じる。(五平餅の匂いもね。) 

身体を動かして得た疲労感の先には、頭で考えているだけでは辿り着けない心の充足。


素晴らしい景色に癒されるだけでなく、先人の言葉にも教えられる。 そんな旅になりました。

新緑の季節に身体を動かして、今回は合わせて12000歩、8Kmほどの素敵な景色に出会ってきました。



馬籠宿の展望台から見た景色。

昔、中山道を信州から歩いてきた旅人は、この景色を見て美濃の国に来たって思ったんだろうな。


さて、心の充足の次は、おなかの充足だよね。


心も身もほっこり・・・、でも、ふところ(財布)は寒い・・・

ブログ『吉野山 桜登山』

Dogsalon asiRu 2026年04月4日 


行ってきたのは、世界遺産・奈良の吉野山桜登山。そこは命を削るような絶景・・・(?)

「桜を見に行こう」なんて軽い気持ちで出発したのですが、気がつけば…… 総歩行距離:約17キロ  歩数:2万5000歩超え という、もはやお花見というより「修行」に近い一日になりました(笑)。


近鉄吉野駅からスタートします。

駅に着くと まるで アトラクションのように電車から人が吐き出され、 ケーブルカーや バスは 長蛇の行列に・・・ 

そんな文明の利器には目もくれず、下千本から七曲りの桜のトンネルをくぐりながら、歩いてひたすら上を目指します。


金峯山寺の蔵王堂から、さらに「谷底」へと続く長〜い階段。 目的地は、首から上の守り神として知られる脳天大神 龍王院です。


ここ、 階段が、とにかく長い。

行きは良いんです、下りですから。どこまでも続く階段を下りながら「帰りのことは後で考えよう」と自分に言い聞かせて進みます。

谷底にあるお社は、川のせせらぎが聞こえるとても神聖な空気感。

しかし、帰りは約450段の階段を、今度はひたすら登らなければなりません。

もう少しというところで、膝が「ガクガク」と笑い始めます。 「脳天さん、頭だけでなく、この足も守ってください……!」と心の中で叫びながら、一歩一歩、自分との戦いです。


中千本、上千本と、眼下に広がる、ピンクと白のパッチワーク。 

「あそこから歩いてきたんだな……」と遠くに見える駅の方を眺めながら、自分をちょっとだけ褒めてあげたくなります。


坂道はなかなかにハードでしたが、上千本の展望台に辿り着いた瞬間、その疲れは、癒されると思いきや・・・なんだこれ?


一山超えたところの遠くに、なぜか平たくうっすらと光るもの、調べてみると  メガソーラー らしい。


このメガソーラー、東京ドームの7倍という広大な敷地の山林を伐採したことで、土砂災害のリスクや生態系への影響、世界遺産の景観悪化が懸念されているとか。

さらには、業者側から多額の現金を受け取っていたとして、元町長が収賄で逮捕されているらしい。


桜の美しさを見ながら人の醜さを知ることのできる世界遺産・・・


でも、道中で食べたお昼ごはんや、山の上で吸った澄んだ空気。

足は棒のようですが・・・(笑)


五感のすべてが春で満たされた、贅沢でハードな17キロでした。

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